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人物  

  かのうたかおさんは昭和49年10月21日、京都は山科で生まれた。
 かのうさんのお家は三代続く陶芸家の家系だ。かのうさんは浪人時代に予備校で美術に目覚めたと言う。そして京都精華大学の陶芸コースに入学。大学時代は常に飲んでいて学校を盛り上げようと楽しく充実していたそうだ。まず工芸的なものを否定してペンキを塗りたくったり無茶なことをしていた。そして焼き物から現代陶芸にのめり込んだ。そんなかのうさんだが昔は伝統を重んじるお父さんとの葛藤があった。

 大学を卒業して海外に向かった。なんでも旅行は嫌で行くなら住みたいと考えていたそうだ。青年海外協力隊の一員といてニジェール共和国に陶磁器の隊員として派遣されたそうだ。しかし教えに向かったはずが教えるでもなく気楽にプラプラと二年半もいたらしい。村に日本人は一人だけ、食事はひえを練って適当な野菜を入れる団子。マズくてもそれしかないから体重がずいぶん減った。そんな異国の暮らしをしばらく送っていた。

 帰国してこの先どうしようかと思ったらしい。日本のこと全然しらんなあと外国を経験した視点から思った。そしてやはり作りたいと思った。それが次第に野焼きやなにやらを経て土で普通に作る作業に向かった。向こうで砂漠を見たことが影響したのか、粉末の土を形にするという行為を繰り返して行った。そして様々な流れを経て焼き物に戻った。シンプルに続いているものは強い。そう思うようになったそうだ。形は苦手で材料が主役だとかのうさんは言った。それはとても共感の出来るものだった。

 



作品 

 かのうさんとの出会いは懇意にしている画廊でのパーティーだった。派手な防止にサングラス、スキンヘッドに髭、しかも髭には二本しっぽが伸びている。豪快に笑い無邪気なかのうさんとは意気投合して抱き合ったりしていた。実際惹かれたのはそんな派手な出で立ちにも関わらず、シンプルな少年のような素朴さと無邪気さを持っているところだった。そして伺った経歴の面白さも魅力だった。伝統への反発と共感。今を生きるあたりまえの若者の感性を感じたし、主張せざるを得ない重さも感じた。彼のそんな素朴さと複雑な部分を抽出した作品が出来ないだろうかと考えた。作品は外見の部分に惑わされないように向かった。苦労して出来た作品は無邪気さと茶目っ気と少しの怪しさを合わせたように思える。それは私の意図も越えて出来たように思えて感慨深かった。そして紙の材質から木の質感まで、かのうさんの資質に呼応するように素材のよさを生かすような作品の紙を選び、額も作ることになった。紙は徳島のもみ紙で額の木もなるべく感触を生かすように薄くニスを塗り蜜蝋ワックスで仕上げた。

 作品は外形が510mm×660mm奥行き35mmである。和紙に墨によって描かれた。

2012年9月27日