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人物 

 森川隆行さんとはひょんなきっかけで出会った。以前から土を使用して作品を作りたいと考えていたとき、土に詳しい方を探していた。そして尼崎で陶芸の教室を開いていた彼にめぐりあったのだ。陶芸教室は「もんた」という名前だった。なんでも長州の幕末志士、井上聞多から拝借したらしい。井上聞多は高杉晋作の話にたびたび登場するのでたいへん親近感があった。これはおもしろい縁だなと思った。
 彼は伊丹で昭和四十九年一月二十八日に生まれた。高校から尼崎に出て来た。高校を卒業して仕事もせず、バイク好きだったので旅行を兼ねて北海道に仕事探しに向かった。そこで阿寒湖の土産物売り場で働き休みには旅をしながら一年半ほど過ごしたのがその後の原点になったと言う。その後オーストラリアを自転車で旅したりして、ふたたび尼崎に戻って飲食店の仕事に就いた。二十三歳のときに独立し中華料理屋を開業。三十歳のときにはもう一店舗まで増やし、平行して休みに陶芸教室を開いたという。陶芸に興味を抱いたきっかけは店をやっているとき器に興味を持ったことだという。備前焼を学びたくなり岡山までいって修行した。三十四歳くらいで陶芸に専念したいために飲食店をたたみ独立した。今は教室を開く傍ら、作品も作り発表したり、旺盛な活動を行っている。聞多という名前がなぜ気に入ったかと言う話になった。それは聞多という字が、多く聞くという字だからという。いろいろなひとの話を多く聞く。私はそれを聞いて素敵な理由だな、と思った。

作品  

 私は先日こちらの震災テャリティー陶芸に参加してはじめて土をいじることになった。実際の陶芸の土をいじり、おもしろいので作品にも陶芸の土を使うことにした。なおかつ普通の筆じゃ物足りないので、指で描くことにした。水彩紙のふちを焼いて、額も荒れた木の感触の残るものにした。森川さんは骨格も骨太でパワフルだ。野武士のような風貌をしているが、金髪がチャーミングだと思った。それに少し照れ屋な面も垣間見えた。力強い表現が気に入ってくれて大変うれしい。なおかつこの工房、教室の一部として作品が生きて行ってくれるのは感慨深いものがある。
 
作品はガラス入りの額装の外形が320mm×230mm奥行き25mmである。作品は水彩紙に陶芸用の土と墨によって描かれた。
  2011年5月29日