はじまり
 今まで私千光士は人と人に対峙して多くの人たちを描いてきました。そして次第に自分にも向き合うようになり、自分にとっての母の存在が大切に思えて行きました。母は離れて高知に住んでいましたが、年々帰省するたびに気になっていたのです。そしてまだ元気なうちにこの人を作品として残したい。それはある意味自画像でもある上に、いまだ家族の中心である家の象徴でもあったのです。
 母には好きな正装を着てほしいとお願いしました。和装と洋装をお願いしましたが文句なくこの朱の和服が似合っていました。作為的なポーズは求めず、会話をしながら自然に描いて行きました。「最近うれしかったことはなに?」という問いには、「花を庭で育てていてそれが咲いたのがささやかな喜びやったねえ」と答えてくれました。また「ほんとうにどうしようもなくつらいときは、なにかに祈りたくなる」と言っていたありのままを絵にしました。母の人生の苦楽も自分はよくわかっている。そのすべてを定着しようと努めたのです。
 表現 
  どう表すかは早くから決めていました。ありのままを表すリアリズムで描くと。中途半端な絵画表現は本質からずれてゆく。無意味なデフォルメは一切やらない。写真以上に現実に肉薄する表現にしたい。だからザラザラした皮膚のような質感を出してなおかつ、肌の透明感も出したい。それは矛盾をはらむ非常に困難な作業でしたが、ここ数年の研究や試行錯誤の結果が結実したものにしたかったのです。存在がそのまま浮き出るように背景は黒。これも随分前から決めていました。そしてもう一つ、今回は顔ばかり描かず、手の表現も加えようと意識しました。母はもとから身振り手振りが溢れている人ではありましたが、手の表現は今までにない感情表現の幅を広げました。だから手の描写には気を使い、年輪を擦り込むように描きました。
自分への問いかけ
 キャンバスではなく板に描いたのも、フラットにしないと描けないという理由と重みが欲しかったからです。画材も油彩やテンペラなどいろいろ試みましたが、透明感とマチエールを生かす目的からアクリルを何度も重ねる方法に落ち着きました。作業は大変労力のかかるもので何度も挫折しそうになりましたがなんとかやり切りました。そしてその間様々な心の葛藤があり何度も自分に問いかけていました。
 自分はずいぶんふざけたわがままな人生を送ってきた。もう少しましなやり方があったんじゃないか?母にそれでよかったと言えるか?愛情をたくさん受けて育ったのに、おまえはきちんと愛情を返せたか?母に何を残せたんだ?この世に何を残せたんだ?誠。答えろよ、千光士誠。

 最後に
 そしてデッサンも描き終わり大半の作品が完成しそうになったとき、母が癌になったことを知りました。絵を描くどころではなくなって家族で必死で病院選びからなにから駆けずり回って大変な状況でした。目の前のこの大切な人を死なせるわけにはいかない!ほんとうにその気持ちだけでした。そしてやっと手術を終え、なんとか落ち着いた頃に個展が始まったのです。自分にとっても現実と表現の間に立って押しつぶされそうな日々でした。
 しかしそうやっていろいろ深い思いを込めて人様の前に披露された作品は、ストレートに人の胸に刺さるものになったようです。 
 そしてほんとうは母に実際に作品を観てもらいたかった。いつかそれが叶う日が来るようにしたい、そう思っています。 

  ここで盟友であるギャラリーwks.のオーナー片山さんに最後に個展に際してくださった言葉があるので、最後にお伝えしたいと思います。                                    

千光士 誠

 

 千光士さんとは長い付き合いになる。関西で発表されてまもなくに知り合い、その後ワークスでも発表され、またよそでされる時にも相談にのり拝見もした。うちの子が生まれた時に土佐鶴の一升瓶を抱えて真っ先に駆けつけてくださったのも、千光士さんだ。それをワークスで空けて、へべれけになって産院に行ったのは忘れられない思い出だ。  
  千光士さんといえば、熱い人との印象をもたれる人が多い。もちろん熱情はある、しかしその奥にすごく繊細な感情や冷静な眼差しがある、そして優しい。
  この度の個展で、千光士さんはその熱情と厳しさ繊細さをぶつけることのできる表現を手にされた。沸騰しきったやかんが蒸気を吐き続けているような、その力を持て余しているような千光士さんが、とても穏やかに、やりきった男の苦労を滲ませながら、絵と、お母さんの絵と居た。  
  絵って何だ、表現って何だってほざく前に、これを見ろと言いたい。自分に妥協のないこと、絵にごまかしのないこと。それが、千光士さんにはある。それが絵描きを生きるってもんだ。
                      

片山和彦

 

以下に順不同でその他のお客さんの感想も掲載いたします。

千光士さんの作品は本当に存在感と着物の匂いまでしてきそうなその場の空気感まで変える息を飲む展示でした。
自分の母という妥協できないモチーフとの対峙は本当に凄い見応えでした。


千光士さんの展示が凄すぎてアート大阪の記憶全部吹っ飛びました

やはり、千光士さんはすごい方です。改めてその世界観に圧倒されました。

画家の千光士さんの『千光士誠 母を描く』に行ってきました。顔と同じかそれ以上に表情豊かに語る手の描写が印象的でした。

やるならとことんやる!中途半端はやらないほうがまし!
作り込んだ作品であったり、ライブペイントであったり、あらゆる場面で根底にあるエネルギーは、それぞれ明確な意図のもとに一貫していて、土佐人の気質なのかわかりませんが千光士さんらしいと思いました。

肌の質感の表現の上手さに驚かされた展示でした。

梅田のワイアートギャラリーまで
画家、千光士 誠 氏の個展に行ってきました
作品のこと
描くということ
お母様のこと
たくさん
お話を聞かせてくださいました
木板にアクリル
独特の香り
丁寧に描かれた
眉、目、手、シワ、着物、帯締めに
こっそり半泣き
ものすごいエネルギーを注ぎ込んだ絵
是非ご覧いただきたいな

愛を感じる良い絵でした♪(*^^*)♪
ありがとう


すごく映像的でした!

細密描写と思ってたらザラザラして全然違うんですね!


千光士さんは、人間の内面に深く関わる画家だと思う。
今日観た絵も、音・人・旅withメタモルフォーゼ組曲バンドや路上ゲリラライブや神戸Big Appleで、ひたすらに「線」を描いてたあの頃と同じように、やはり“飛び出してくる”カッコいい!
背景が真っ黒なところも、千光士さんらしいですねと開口一番言ってしまったけど、それで光を感じられるし、破天荒に見えて分析屋の千光士さんらしく背景白バージョンも比較のために見せてもらった、やはりこの方には黒です。

アメージング!

 

2017年7月30日