そうしたかった

2011 12月20日

昔は馬鹿みたいに議論していて、友人のダイとNYと東京でもメールのやりとりがあった。

彼は、美術は科学のような発見だと言ったが、それは違うと答えた。一つの手法の発見。そんなものにこだわるのは、スタイルが印鑑のように販売上の型 として機能しているからだ。しかし実際の今の美術界は個性も幅もない。音楽がスタンダードナンバーを時代によって再生産して提示するように、本来美術でもそういう自然な再生産が行われなければならないのを阻害しているのは、そういう考え方から来ている。模倣はするけど再生産はない。縦の流れを断絶している。例外はピカソのような少数派だ。

美術界の外に行きたいとずいぶん昔に言って、なにいってんだ今更なんて言われたが、間違ってないように思う。今の美術はビョーキかガキの作品ばかり。かといって古典的なスタイルはカビが生えていて文学的だ。どっちも型なんだな。ピータービアードは「美大に行って作品を作るとかいう行為そのものがつまらない」と言った。ボロフスキーが壁に絵を描いた。美術館の壁は塗りつぶすので売買出来ない。その大胆さと批評。そこが生きている。そういったヒーローは滅多にいない。おかげさんで自分も大変苦労しているが、生涯を通じて挑んだテーマでもあるので、生きてる限り挑戦したい。胸は穴だらけでボッコボコだけど。(笑)

まあ仕方ない。俺はそうしたかったんだから。