外側

2008 12月16日

整理がつかないので、ここでゆっくりまとめてくことにするか。

まず夫婦のありようを描くという方針で一作描いた。タイトルを「残酷」と決めた。問題はここで作品とタイトルが実際の展示と若干ずれたのでひとをかなり選ぶ結果になったことだ。これは今後の課題とする。まあそれで作品を描き進めた。純粋な素っ裸な二人と世間との距離や軋轢や暴力的視線、その間にヒリヒリとするなにかを現したかった。絵画であることなんかどうでもよかった。しかしそのことによってベースの絵画的技術が現れて、良くも悪くも絵画としての見方しかしない人が結構いた。直接的な表現を行っているのに遠くなる。絵画的面白さにこだわる人たちとのギャップ。そのことにいらだった。世間との距離。笹倉が作品のなかの俺の目がさめている、といったのは正しい。作品の中の俺も残酷な視線で外側を見ていた。

しかし絵画ではなく存在そのものを受け止めたのは若い女性たちだった。それは感動的なことで、どちらかというと若い男に受けが良かった自分の作品が違う接点を持つように思えた。彼女たちには皮膚感覚で響いた。年配のおっさんどもには違った。多分彼らのリアリティは男と女や夫婦などじゃなく、違うものにある。連中は残酷な目で作品を見ていたつもりだろうが、作品の中の自分はもっと冷徹に外側を見ていた。