溝田さん2

2011 9月12日

東京で伺ったところがゴリラ便だった。

旅人やヒッピーのたまり場、演劇志望、アーチストの卵、ほぼ浮浪者などさまざまなアウトローのたまり場だった。社長の岡部さんはこれまた世界中を旅していた方で、ゴリラのぬいぐるみを着てサプライズのプレゼントを贈るという商売をしていた。しかし基本的には何でもやる会社で、それこそ探偵のまねごとから掃除、馬券の買い付け、代行運転から悩み相談まで、ありとあらゆることをやる会社だった。バブリーな日本の東京で時給三千円とかふざけたギャラだったのは驚いた。その後社長の岡部さんはサモアで酋長に気に入られ、16歳の娘を奥さんにもらった。娘を二人産んだ。俺はしばらくこの人たちに大変お世話になった。似たような浮き草のようなボーダーだった。

溝田さんはそのなかでも中心人物の名物男だった。自由で無邪気で壮大な夢想家で繊細な優しさを持っていた。あらゆるところを旅していた気がする。そしてインドに旅に出た。その後気が狂ったように興奮して帰って来た。壮大な夢想を語っていた。みなその迫力に圧倒された。そしてその夢想を現実化するためにもう一度インドへと向かった。直後にニューデリーで暴動が起こっていた。溝田さんはそれから音信不通になった。しばらくして現れた彼は、まるで廃人のようになっていた。