生きている

2012 1月25日

全然違うのよ。

なんのことかって?いやライブの絵はね、違うんです。一体一の場合すごい制約がおもしろいんです。相手ありきだから。現代絵画とも違って古典的、伝統的作業に近い。ライブは勝手かというとまたちがう。やっぱり主役は道具であり、瞬間の人間たちの躍動みたいなものがすべて。絵がどうとかじゃない。

たまにイメージに合わせた絵を描こうとすると失敗する。やはり木炭の軌跡が生き生きと出る線や絵じゃないとだめだ。それが音楽の躍動と呼応する。いつもライブペイントと音楽はダサイのが多いと感じてた理由はまさにそこで、ただの公開制作に音楽流してるだけのものがほとんどだ。

リアルな創造性を追求すると、線の躍動の瞬間がすべてで描き終えたものにあまり意味はない。だから描いて消すという行為に意味がある。真に音的であり、それは生きている。描くという行為そのものがある。絵を描くと言う意識すら捨てる。どこかの建築のラインや川の曲線を連想し、絵を描くのでなくただ線を引く。やり直しなどない。描いたものがすべてで、そこで生まれそこで消える。目の前の人たちのその前で。

生命そのものだ。