知ること

2008 4月18日

土方と近藤の関係は俺にもあった。

自分と一緒に美術の道に入ったある男だ。彼は写真でめきめき頭角を現した。しかしアートの世界は「知」の化け物が闊歩している。美大で助手なんざやってたからなおさらだ。予備校のときはまっすぐに合格することを考え、大学では写真でまっすぐにいい作品を作ることに全神経を集中していた。あんな目的のために手段を選ばない貪欲さや集中力は後にも先にも見たことがない。鬼神のような男だった。それが写真を全くやめて女と旅に出た。久しぶりに会ったときには子供ができて結婚して、世間でにっちもさっちもいかなくなっていた。

近藤にあいつの姿がだぶった。功を得るため都に出て「知」に触れて迷った。自分の根拠がわからなくなったんだろうな。土方は思想を拒否した。目的と役割がぶれることが一切なかった。知ることを拒否するのも一つの選択だし知性だろう。俺はそんなえらそうなもんじゃないけど、そういった決断が眩しい。誰もがいろんなことを知ることで戸惑い、道を誤る「今」の時代には特にそうだろう。

人には器というものがあるんじゃないか、なあ?