2010 2月19日

galleywks・の片山さんとこにはよく行く。

先日「ガソリン」の話が出た。去年の今頃は大変だった。そんな話だ。あの個性もパワーも強いメンバーをまとめるのは大変だった。結局抜けはしたが北村もすごかった。裏でこそこそ言う連中じゃない。お互いプライドのぶつ怒りあいで、奴はあるときには3時間くらい爆発して大暴れだった。最終的には俺が「こんなもん作品じゃない!」と言ってキレた。「リーダーのわがままで!」そうあいつは言ったが、クオリティもパワーも方向性も納得がいかなかった。彼は知性や教養に犯されない作り手、という創造の本質にかかわる稀有な要素を持っていた。しかし忠田に指摘されたように、佐々木の幻影を追っていただけなのかもしれなかった。それは忠田にも重ねていたんだろう。俺にとってアーチストはあの頃の佐々木以外には存在しなかったし、今も存在していないのかもしれない。

ともあれグループの個性を出すために、個人の個性が強い奴らに強引にねじこんで爆発したことは忘れがたいし悔いもない。みんなの臓器をえぐる深い部分に差し込んだので拷問のような苦痛だったろう。しかし作品は自分としてもある到達点を示したけれども、「ガソリン」メンバーとはそれぞれの違いが明確になった部分も多く、ある意味別々の道を行くような結果になった。そんなさびしさも感じ、やはり佐々木と中山のことなんか浮かんだ

北村は教師になってやはり佐々木のようにやめてしまった。そう思っていたら片山さんは「彼はまだ続けていますよ」と言った。「以前のような作品じゃないんですけどね、一度考え直したみたいで、自分の出来る範囲で毎日見る風景をいろいろ写真にとって、巨大なロールに細密にねじこんで仕事の合間に描いてるみたいです。ある意味あの頃のプランより今のほうがガソリンに近い仕事をしている。終わっていないんですよガソリンは。同世代でも彼は孤立している。それでも忠田さんや千光士さんがいることで指針になるかもしれない。あのメンバーはお互いどこかで気にかけていますよ。まだおわっていないんです」