絵を描く

2013 3月27日

絵が描けなくなった、なんて話聞いた。

人は成長すると絵が描けなくなるようだ。こどもが無邪気に絵を描く。あれは運動に近い。手が勝手に描いている。絵の本質はそこにある。からだが描く。実は運動がその謎ときのキーになる。見たままを正確に描くのは絵とは違うようだ。あれは見たままではなく脳が描いている。映像化されたものを記述している。すなわち絵をきちんと描けるというのは絵を描いていないといえないか。

絵画教室で習うのは脳を描く技術だ。カラオケに似ている。写実と言うが写実していない。脳を描く行為はそのまま内面を描く行為に安易に転嫁される。

現代美術がやっかいで病んでいるのは内面を描くという神話に取り憑かれていることだ。だから今の絵描きは内面を描くと言う過ちを犯す。絵は描ける。見たままの光景を描けばいいだけだ。病的なモチーフを描くのがアートではない。手の軌跡に内面も思想も何もかも含まれていることに気がつかない。外から入れて出すだけ。ただそれだけだ。

そう言う意味でモチーフは何でもいい。富士山や花瓶を描くと言うのは間違い。モチーフにも恣意的な制約があるので見たままにならない。

答えはからだが知っている。