サイン

2008 5月31日

家庭が結構大変だったので相手のことも考える癖がついた。今は円満な実家だが、10代は大変だった。で、わけもわからず家で家族の一人が感情的になる事態に必死にこっちも考えた。この場合外部でのいざこざを処理できず家でぶつけているということがわかった。親に向かう場合はこういう自分を作ったのはお前らのせいだ、という考えだ。だから人が感情的になるときは、なんらかのサインである場合が多い。精神病や殺人でさえその延長にある。精神病が脳の異常、殺人イコール精神異常というのは安易すぎ。

課長が部下にわけもわからず感情をぶつける。課長の家庭や課長の上司との間に問題があるかも、とか判断する。これはサインではない。この場合水が流れやすい所に流れているだけなので、それを止める方法を考える。

妻が悪態をつく。(もちろん夫が悪態でもいい)友人に相談する。男同士で妻の悪口を言う。けれども夫は感情や言葉尻にとらわれてなにが本質か見過ごすことが多い。感情的になる場合なんらかのサインと見た方がいい。問題に対する対応でお互いを見極める機会とも言える。必ず原因や理由がある。そのサインを見極めれるかどうかで人生は大きく違ってくる。特に異性ではお互いを理解するのが難しい。だからそれが理解できる人物は尊敬されるだろう。