じぶんの話

2015 1月9日

昨年末に妻のお母さんが永眠された。

いろいろ考えることもあったが、妻はご兄弟の中でも一番愛されたんだなと実感した。だから彼女は人に対する愛が深い。愛情はもらってこそ与えることができる。そんな風に思った。余計な教育なんかよりただ愛を与えることがすべてかもしれない。そう思った。

死についても思った。

普通に生きてれば、楽してもっといい思いしてたんだろうけど、わざわざしんどい道を選んだ。周囲を巻き込んで親や妻にも多大な迷惑までかけて、膨大な時間と金と労力を費やして馬鹿なことを続けて来た。 絵なんか描いてるだけで、作品も見ないで馬鹿にされることや侮辱を受けることも死ぬほどあった。それでもなぜだか俺はこんなことを続けて来た。自分は何者か知りたかった。自分になにが作れるのか見たかった。自分がどこまでできるか見届けたかった。お見合いしたことありますかって聞かれたことがある。そんなもんない。自分の女はこの耳、この目、この口で、自分の力でこの広い世界の中で探し出すと決めていた。だから自分のやれることやりたいことも自分の力で発見したかった。作品を直接売ってお金を頂いたとき、そのお金はただの仕事でもらった金とは違った。何もないところから自分の力だけで生み出したものだ。えらい人の評価もない。自分とその人だけの間で生まれたものだ。その数枚の金を俺は握りしめた。

まだ死にたくない。悔いがいっぱいあるんだ。それでもやらなかった後悔より、やったからこそ生まれた後悔のほうがよかった。ぜんぶはできないかもしれないけど、最後まで諦めないよ。