刑事

2010 8月30日

なんで清張がああも推理もの刑事ものにこだわったか。

刑事ってのは事件を解明してゆく中で、人間を理解してゆく職業なんだと思う。なぜなら事件は人が起こすものだから。犯人に告白させるには相手を理解しなければならない。犯人も必死だからただ脅かすだけでは吐かない。技術だけでも無理だろう。犯人に同化しなければ動機の解明は無理だ。そういう意味での刑事は牧師や坊主にもなりうる。犯罪者を否定せず生い立ちから現在までの人生を紐解いてゆかなければならない。被害者をどう見ていたか。犯人は他人を、人間をどう見ていたのか。自分を押し付ければ白状もしないし理解できないだろう。刑事は自分を白紙にして消し去ることが必要だ。唾棄すべき悪人を理解するという人の根幹を問われる大仕事だ。

清張の作品の場合、悪人を理解して描いている。悪人もただの愚かしい一人の人間でなにかに翻弄されて生きているに過ぎないからだ。

自分を表しているのは付き合っている他人を見ればわかる。友人、恋人、夫婦、なにもかも自分の反映だ。身近な他人を見れていない場合、間違いなく自分を正確に見れていない。

芸術家も人間を理解する仕事なんだろう。だからときには刑事になる。