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人物  京谷

  詩人、批評家の京谷 裕彰(きょうたに ひろあき)さんは1972年7月16日、兵庫県姫路市に生まれた。
 男兄弟三人の真ん中に育った。彼は将来学者か弁護士を目指していたそうだ。そして大学に進み歴史学を専攻したが、大学のアカデミズムに嫌気がさして同人誌などに詩を書き始めたそうだ。その後社会運動などに傾倒して活動。機関誌などで発表を行っていた。そしてある職場で現代美術家の笹倉洋平さんに出会い、彼の美術家としてのスタート前からその活動を見守ることになった。

 幼い頃から社会に批判的な視点を持っていたと彼は言う。十代の頃から読書に耽溺し、読んで考えて書くストイックな生活を実践していた。もちろん学生時代に酒を飲み友人たちと激論をしたりする濃密な人間関係も持っていた。そして28歳のときに同じ同志と一緒になり、結婚は十年半に及んだ。詩誌を一緒に発行し詩を書く、食生活自体もナチュラルもので、食生活から社会の変革につながるような生活を送った。人間の探求、自らの探求、自己と他者の関係、そこにつながるものとして芸術に関心を持ち始めた。近年では芸術家を批評、応援し紹介をすることを活動の軸にしながら、「ダダッ子貫ちゃん」などの映画への出演など各方面の分野にも精力的に活動を広げている。それはものづくりをする方たちへの尊敬の思いでもあり、社会に開くお手伝いが出来たらいいと考えている。社会生活の延長にアートがある。愛のある社会を作りたい。インタビューで彼は熱っぽくそう語った。

 千光士と京谷さんとの出会いは笹倉さんの個展だった。昭和の匂いを放ちながら社会批評をする彼に皆、関心を抱いた。実はその後千光士の個展で彼と再会して激論、二人とも頭に来て大ゲンカをして別れたことがある。しばらく疎遠だったが、一年後たまたま再会することが何度かあり、気がつくと妙に仲が良くなっていた。そんな彼としばらく関わりこの個性的な人物を描きたいと思った。ご自宅で彼の人となりを伺った。一言で言うと彼は純粋な男だった。そしてなぜこいつはこんなに一生懸命に人に熱くなり語り叫び応援し批判したりするんだろうと思った。丸ごと人間という感じで唾を飛ばし声を張り上げる。その反骨精神の背後で彼は切実に人間を求めて愛情を求めているように思えた。独特の哀感と人なつっこい笑顔。その姿は時折少年のようにも見える。しかし描いてゆくとなぜか女性の顔が浮かぶように思えた。純粋さの影にある屈折や哀感。そして権力への批判精神、その背後に見える純粋さ。この複雑な表情を描くのはずいぶん骨が折れて相当な枚数を描いた。作品はしばらく高級な和紙に描いたが、最も安価でキメの荒い庶民的な材料がはまった。材料も彼と言う人物にふさわしいものだった。


 作品は外形が510mm×660mm奥行き35mmである。和紙に墨によって描かれた。

2012年11月25日