安井久子



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安井久子さんと作品

 

 

人物と作品   安井久子写真

 昭和40年12月19日、安井久子(やすいひさこ)さんは大阪市に生まれた。ご実家は祖父が一代で魚屋の行商から身をおこした仕出し屋さんだった。ご兄弟は四つ下に妹さんがいる。
 安井さんは幼い頃にピアノを習っていた。妹さんもピアノを続けてその後ピアニストになる。中学校に入るとクラシックバレエを習い始めた。しかし定番の白鳥の湖などは女性が自主性をもたない話なので嫌いだったそうだ。そんななかでも第三幕のスペインの踊りの部分に惹かれたという。
 親御さんの方針は商業高校を出て早くお婿さんを見つけてほしいというものだった。しかし安井さんは大学に進むために高津高校という進学校に進み、大学は大阪外語大学のタイ語学科に進んだ。アジアの語学を学んだら仕事で関われるかと漠然と思ったからだそうだ。しかしいざ入学するとタイ語が好きになれなかった。それでも部活動には打ち込んで今度はアーチェリーに挑戦した。そんな大学3年生のときにフラメンコに出会う。新聞広告でフラメンコの舞踊団が初来日するという記事を偶然目に止めたことがきっかけだ。アントニオ•ガデスのカルメン。それにしびれた。舞台を観に行くと、頂いたパンフレットにフラメンコ教室のチラシが入っていた。そして同じチラシを他の場所でも偶然発見することになる。それがフラメンコとの出会いだった。
 まもなく就職活動の時期に入り、女性の活躍出来る職場を探してリクルートコスモスに入社した。不動産を扱う大手の会社だった。実家では以前から不動産業も始めていたので、不動産の仕事で女性も活躍出来る職場と言うことが入社の理由の一つだった。そしてもうひとつはしびれる女上司に出会いかっこいい!と思ったからだ。
 バブル当時に企画開発部にまわされた。しかし同期の人間が活躍する中で自分だけなかなか結果がついて来ない。そんな中悪戦苦闘して会社にとっても新しい仕事を得ることが出来た。高校時代は地味だったのにずいぶん活動的になっていった。しかし時代はバブル崩壊に突入して土地が買えない時代が来た。女性は皆辞めていって、同性で最後に残ったのが自分だけだった。そして結局営業にまわされてやがて別会社に出向。大きな仕事を狙っていたがノルマに追われるのに疲れて来た。
 そんな頃に実家の仕出しと不動産の仕事をなんとか立て直したいと思い始めた。そして27歳のときに退職、ずっと続けていたフラメンコのレッスンで関心もあったスペインに向かい本場のレッスンを受けた。そして29歳で結婚した。ご主人はリクルートコスモスの時代に出会ったある不動産会社の人だった。私生活では33歳のときに1人目の子ども、35歳で2人目も出来た。
 そんな中ある人の代打でフラメンコを自分が教える機会があった。教え始めたらすごくおもしろかった。月2回からだんだんと教える機会が増え始めていった。そして10年ほど経ったある頃、師匠がスタジオを閉めることになった。最初は自分で独り立ちをする考えはなかったが、ご主人の助言で教室を立ち上げることにした。物件もご主人が最適なところを探し出してくれた。子どももまだ小さく50代で始めるより40代で始めた方がいいとご主人は助言をしてくれた。ちなみにご主人は何か提案をしてくれても一つ上の意見をもらえると彼女は語る。
 その後はいくつもハードルがあってもそれをなんとか乗り越えて来た。出来ない自分が嫌になったりした時期もある。フラメンコを教える資格あるんだろうかとも悩んだ。それでもライブをやりませんかとか教えてほしいというお話がくる。そしてやはり教えることが好きだった。生徒さんに伝えるのが大好きだった。
 やがてアレクサンダーテクニックに出会い解剖学も学んだ。膝を悪くしたが、自分の膝のねじりが原因で悪くしていることがわかった。自分の行いの間違いは自分に返って来る。
自分のやったことは自分に返るということを学んだ。自分を顧みることが出来て考えが変わったと安井さんは語った。
 
 千光士は安井さんを通じて初めてフラメンコを拝見した。生徒さんの線の細い少女の踊りを見たときインドネシアの踊りを連想した。非常に複雑で刺激的な踊りで永い歴史があるフラメンコに圧倒された。
 安井さんの踊りは何人かの指導者の中で最後を飾るものだった。技巧に頼るわけではなく、非常に説得力のある強い表現だと感じた。芯があると思った。そしてご本人の人となりも、現実世界に根ざしたタフでエネルギー溢れるビジネスウーマンだ。とても正直な方だしパワーが溢れている。なんとかその一端でも表現したい強く思った。何度も試行錯誤を重ねてなんとか完成にこぎ着けた。ただ綺麗なだけの方でもない、年輪と生命力が欲しかった。作品を拝見して頂いてエネルギーを感じるとおっしゃっていただいて胸を撫で下ろした。
 安井さんは性別を超え、いろいろな経験を通して人として主体性を持って生きて来た方だ。少しでも彼女の人間性が伝われば幸いだと思っている。


2015年6月20日