本質の応用

2010 6月7日

ナポレオンのような軍人、リーダーのような人物はそうはいない。現在ではそういうタイプの才能は別のジャンルで活躍しているようだ。

思うにそういうタイプは映画監督に多い。特に70年代以前のダイナミックな作品を作っていた作家に多い。デビッドリーンや黒澤明。スタンリーキューブリック。コッポラ。大島渚、最近では北野武。いずれも現実を動かすことに長けているし、頭で思った以上の世界を定着させてくれる。スポーツの指導者でもいるだろう。特にサッカーは集団と現場で瞬時に変わる偶発性が強いので、偉大な指導者がいるはずだ。知ってる限りではオシムなどがそうだ。みな人の心をつかむのもうまい。知的にも人間性も動物的にもあるだろう。それらを統合した力が必要ともいえる。おもしろいことに数学に長けた人もこういうタイプに向いているようだ。ナポレオンやオシム、キューブリック、軍人の大村益次郎なんかそうだろう。たけしも数学好きだ。この場合の数学は絵画的に直感で数学の定理が浮かぶ頭を指す。数学の本質は論理よりひらめきのほうが重要だろう。それはチェスや将棋の先を読む能力と似ている。たぶんあれも絵画的なものだ。黒澤やキューブリックの視覚的に長けた部分は実は数学的直感とも言える。彼らはチェスやカードゲームでもその才能を発揮する。

ということは、数学や将棋のすぐれた人間に映画を作らせたり、サッカーの監督をさせる、のもひとつの方法かもしれない。なんてことを勝手に考えたりしている。

しかし絵画の本質は視覚的直感とは違うものじゃないかな、と経験上感じている。