基地の話 2

2010 6月9日

ダイは飴屋法水とユニットを組んでレントゲンなんぞで活躍を始めた。しかしこっちは現代美術にうとく、飴とか水とかおかしな名前だし、レントゲン?足でも折ったのか?ってな具合だった。こっちはこっちで東京学生映画祭なるものを、東京中の学生組織してうめずかずお、若松孝二、崔洋一なんか著名人集めてセゾンで発表したりしていた。佐々木はそのころ写真のモチーフを廃墟に決めて、次々と危険地帯に不法に侵入したりして撮影を始めていた。もちろん俺も誘われてよくもぐりこんだ。

それは駅前によくこんな広大な廃墟があるもんだと感心するくらいの規模だった。まず鉄の網の出入り口を探し進入する。 中に入れば実はさまざまな鳥がいる。ここはそういう生き物にとっても人間が来ない楽園なのかもしれない。しかしのんきなこともいえないのは、野犬がいるし、こじきが住んでいる。もちろん過去に傷害事件もあったらしいし、犬に襲われる危険もある。当時は携帯もないので変な場所で襲われると見つからない可能性もあった。駅前は飛行機の格納庫や学校跡、巨大施設の跡なんかが多かった。昼間でも暗く、社会から切り離された完全な別世界だった。奴は撮影機材もかかえ俺も8ミリを持っていた。一番怖いのは野犬で、うなり声が聞こえれば全速力で走った。昭和公園は基地の一部を返還した場所らしく日本で最大にでかい公園だ。なかにバスが走っているくらいだ。その端のほうに実はまだ基地跡があった。

そこは住宅を中心とした町だった。