映画は映像と違う

2005 4月7日

大学で映研の部長なんかやったりして、美大の授業でも映像の授業も受けたりしてそれなりにあの世界に入ってた時期もあった。テレビの制作会社に内定してたけどやめて大学の研究生なんかやってたから、ちとあそこから方向が変わったけど映画は好きなことは変わらない。

映研の前の部長が今「スウンギングガール」で有名な矢口さんだった。自分はあの頃は東京中の学生を集めて「東京学生映画祭」なるものをやっていた。早稲田の連中が中心でいろいろやってたけど、自分もイベント部の代表だったりしたけどまあたいしたことはしてない。連中どうしてるかな?まあいいけど。

宇多田のだんなが「キャシャーン」作ったり「デビルマン」なんかあるけど、プロモーションフィルムの長いやつみたいで観る気もしない。自分でもそのへんのトラップにはまったこともあるけど、映画は決して映像が主体じゃないと思う。映像に人間が従属するものじゃない。それをやると生命力がなくなる。やはり頭の世界だけになる。一時間も二時間ももたない。十分程度が限界。

スチールカメラマンと映画の融合は唯一キューブリックだけ成功した。彼はやっぱりドキュメンタリーに徹した視点で撮ってた。自然光に対するこだわりも徹底した取り直しも、リアルさにこだわってたと思うけど。それは映画の本質を知ってたと思うし、ただのリアルさでもない。そんなわけでこの先CGがいくら発達しても、人間は映画からいなくなることはないでしょう。まちがいない。