拓郎

2009 11月16日

最新のiphoneには、この頃あつくるしい曲が並んでいる。拓郎を筆頭に真心ブラザース、サンボマスター、トータス松本、清志郎、なんかだ。太陽にほえろのテーマも入れようと思っている。ゆず、なんて聞けないね俺は。

まあいい。

サンボも熱いけれど、風貌も踏まえてマイノリティにしか見えないのが残念だ。真心ももうひとつ、今の熱さはマイナーになる。

拓郎はあの時代まぎれもなくスーパースターだった。俺のガキのころには終わりかけで、ニューミュージックが台頭し始めていたけれども。記憶になるのは「流星」くらいだ。

あの時代は熱かった。大島渚も学生運動も寺山修二も大勢の若者を引き受けていた。そこが今との違いだし、潮が引いた理由だろう。時代に合いすぎた。だからすごかったし、こうなった。熱さがスタイルだけに終わると失笑しか受けない。本気じゃないと。聴くほうも、聞かせるほうも。みんな真剣だったんだろう。

サンボも拓郎も清志郎も本当に聴くには、聴衆との共作じゃないと本当じゃない。この

はすごい。歌じゃない。ゴリラの咆哮だ。拡声器のアジテーションだ。

このすごさは引き受ける人間の数と思いが半端じゃなかったことをあらわしている。