音楽は自由にする

 2023年 4月17日

  坂本龍一の追悼の記事が止まらない。数多くの記事の中で核心をつくものがあった。

YMOの前にアレンジャー、ミュージシャンとしても大活躍していた彼が、ソロアルバムを作った。それが「千のナイフ」だ。「ソロアルバムは自己発露の場だと思う。売れなくてもいいと言ったら語弊があるかもしれないけど、ソロアルバムでは自分を譲ることは絶対にしたくありません。僕は音楽をアートにしたい。アート、芸術というのはどれもがただちに評価されるとは限りません。メジャーで売れなければ、自主制作してでも自分のアートを貫く覚悟はあります。」(おとなの週末 岩田由記夫の談話から)彼はやはり現代美術の延長として音楽を捉えていたことがわかる。この姿勢はそのまま現代美術作家に当てはまるからだ。ただその作品は現代美術の枠を超えていた。ここでの方法論はそのままYMOにつながるほど重要だった。初期の3作はこの姿勢が濃厚で大好きだ。

 その後戦場を変え、海外市場やいくつものレーベルを経て表現形式も映画音楽からフュージョン、ポップス、など実に多彩になってゆくが、最終的にやはり現代音楽に帰った気がしている。構成も捨て去って音そのものになっていった。生き様に春夏秋冬があるように、音楽もそうだったような気がする。

 彼はなにものになるかわからなかったと若い頃を振り返った。音楽家になるかもしれないし、革命家になるかもしれないし、なにものにもなりたくなかったという。それは音楽のスタイルにも現れ、東洋でも西洋でもない音楽、どこにも所属しない音楽などを作った。どこに住んでもいい生き様やジャンルを超えた人間関係など、彼の思考が「自由」というものに根ざしていたのは間違いないし、自分が共感を抱いたのはそこだった。

 彼の最後の自伝のタイトルは「音楽は自由にする」だ。